■VOL.1「プロカメラマンになりたーい」

かつて月刊誌で「プロカメラマンへの道」というのを連載したことがある。反響は大きかった。そして連載が終わってからも、私あてに問い合わせは相次いだ。「プロになるには、どうしたらいいんでしょうか?」と、 わざわざ北海道や九州からも(おそらく東京見物をかねて)私の事務所を訪ねてくるのだから、たまったもんじゃない。

私も写真家としての本業に忙しくて、とても個別対応するような余裕などない。電話での問い合わせにも「学校で進路指導の先生に聞きなさい」と答える程度だ。 ところが、なかには突然私のもとへ駆け込んでくる場合もある。年の瀬も押し迫ったころ、関東地区の写真関係の学校に在籍中の男の子が、「どうしてもボクの話を聞いてください。でないと、この正月、実家へ帰れません」とやって来た。 事態は深刻のようだ。

さあ、困ったぞ。というのは実は私も20世紀最後の月に天然美少女写真集「佳代の記録」というのを彩文館出版からリリースしたばかりで、それどころじゃないのだ。しかたなく、そのむね丁重に伝えてお引きとり願おうとした。 しかし敵はさるもの「さっそく私も神保町で買いました」と言うや、カバンから手品師さながらに写真集を取り出して見せた。ウーン…。私は唸ってしまった。やはり現代っ子だけのことはある。情報力だけは凄い。
さらには「こんな写真を撮れる柳沢先生だからこそ、ぜひとも御相談したいんです」と。その瞬間、田村亮子選手に背負い投げでも食らったかのような衝撃を受けた。こうして私は彼のグチに1時間近くも付き合うはめに…。

私「キミは写真の学校にいるんだから、どうしたらプロになれるかは先生に聞きなさい」
彼「そんなこと誰も教えてくれません」
私「だって高い授業料を払ってるんだから、キミは立派なお客様だ」
彼「でも授業では、いい写真を撮るための方法しか教えてくれません」
私「じゃあ、休み時間や放課後にでも質問すればいいじゃないか」
彼「そんなこと自分で考えろと言われました」
私「だったら真剣に考えたけど分かりませんでしたと報告しなさい」
彼「もちろん、そう言いました」
私「そしたら先生は何と言われたの?」
彼「どうしたらフリーで食えるかわからないから、いま学校の先生やってるんだって」


「なかなか正直な先生だ…」 立場は逆転し、今度は私が、ため息をついた。

彼「どうすればプロになれるか、こっそり教えてください」
私「内緒だけど日ごろ尊敬する写真家に頼んで弟子にしてもらうのが一番確実だろうな」
彼「そんなら柳沢先生、お願いします」


さて、ここまでのやりとりを見て、皆さんはどう思われただろうか。おそらくずいぶん強引で、トンチンカンに映るのではないだろうか。
もちろん写真学校の彼は真剣そのものだ。だがせっかくの彼の熱意は、少々空回りしていると言わざるを得ない。年末で忙しくしている時に、突然「弟子にしてくれ」と押しかけるのは、一般的に非常識とされていること。 場合によっては(例えば他のカメラマンのもとを訪れていたら?)「最悪の結果」を招いていただろう。
たしかに彼は出版されたばかりの私の写真集を持参したり、いろいろと労を尽くした様子は伺えるのだが、あまりに気持ちが一直線に向かってしまったのだろうか。まわりの状況に対する冷静沈着な判断をやや欠いてしまったようだ。

ちなみに付け加えると、彼のように私のもとへ弟子入り志願をしても、実際は定員いっぱいで、誰かドロップアウトしなければ受け入れるのは無理。
「いちおうウエイティング・リストに入れておいてあげるけど…」 と伝えると、彼は喜び勇んで田舎へ帰っていった。

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