■VOL.8「たった一度の人生だから…」

先日、都内のデパートで某新聞社のカメラマンに偶然会った。夏休みなのだろうか。彼は奥さん、子供と一緒だった。
私と、さほど年齢が変わらないので、もうデスククラスかもしれない。ちょっぴり余裕と貫録もうかがえた。いくぶん羨ましくもあった。

家族が離れた瞬間「いいね、柳沢さんは…。あのころと全然変わっていない」と彼は口を開いた。
「キミも変わってないよ」と私は答えた。
「でも、それは外見だけだ。好きな写真は、もう撮ってない」と、ちょっぴり寂しげだった。 彼の話によると、もう新聞社の写真部員は、撮影ロボット兼パソコンのオペレーターみたいなものだという。

いま流行のデジタルどころか、カラー、いやもっと以前のモノクロ写真が新聞の主流だったころ、私たちは知り合い「写真とは何か?」をテーマに夜を徹して熱く語り合った。あのころと比べれば、まさに隔世の感がある。
私がリバーサルフィルムで頑なに色調と画質にこだわっていたとき、彼はネガカラーの優位性を主張した。「柳沢さんのようにビクビクしてたんじゃ、とても決定的瞬間に集中できない」とまで言いきった。

ジャーナリスト魂に燃える彼の言葉には妙に説得力があった。その通りだと思った。
以来、私も何度かネガカラーを使った。いや正確には、ネガカラーに逃げた。 自信のないときには、大きな保険になった。そのときは、どうしても最低合格点が必要だった。

「サラリーマン」のカメラマンだったら、失敗しても「ゴメンなさい」で済むかもしれない。さんざん上司から嫌みを言われるだろうが、そう簡単にクビにはならないだろう。毎日が戦いだから、明日にでも逆転はできる。
しかしフリーランスは失敗したら終わりだ。次は、ない。だから、いつも真剣勝負。 遊びで木刀を振り回すわけにはいかない。

たまたま都内の公園で女の子の撮影をしていたら、ニヤリと笑って通り過ぎようとする男性がいた。 一瞬、目と目が合った。
「やっぱり柳沢さんだ。ホントに女性の写真も撮るんだね」と相手は親しげに話しかけてきた。
「あっ、もしかして〇〇さんじゃないの」私も懐かしさが込み上げてきた。 出版社に在籍して写真を撮っている、かつての仲間である。

「いい写真撮ってるんだろ?」との私の問いに 「いやー、ダメだね。すっかり芸が荒れちゃったよ。やっぱりフリーのほうが強いのかな」と意外な答えが返ってきた。
「えっ!?」私には彼の言葉が信じられなかった。 かつてフリーランス宣言したばかりの私は、フィルムを惜しみながらシャッターを押していた。 当時は、実際にカメラを構えている時間よりも、腕組みして考えている時間のほうが、はるかに長かった。 そんな私の傍らで、彼はフィルムを湯水のように使っていた。もちろん、すべて会社の経費。組織の凄さが伝わってきた。
「あのころから柳沢さんはカメラマンよりも作家みたいな風貌だったけど、本当に写真作家になっちゃったよね」と彼は屈託なく笑った。
お互い、たった一度の人生だ。

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