■VOL.11「プロカメラマンのギャラは高いか?」

「プロカメラマンって、どれくらい儲かるんですか?」 首からライカをさげ、小ぶりの色つき眼鏡をかけて東京・下北沢へ初めて訪ねて来た若者が開口一番、こう聞いた。
「うーん」私は困ってしまった。

別に企業秘密だからでも何でもない。一概に答えられない質問だからだ。 相手は、そんな私の胸の内を知ってか知らずか、さらに追いうちをかける。
「やっぱりマル秘なんですね」とニヤニヤしている。 もし私でなかったら、例えば女性の写真で有名な某カメラマンだったら、怒ってビール瓶を振り回したかもしれない。


したたかな若者は、今度は質問の仕方を変えてきた。
「ボクが聞いたところによると、1回シャッターを押しただけで数十万円ということだったんですが、それは本当ですか?」。
なんという図々しい奴だとは思いながらも、ようやく答えられることにホッとした。

「確かに、そういう仕事もあるよ」と私が言い終わるや、相手は「やっぱり、そうだったんだ」と満足そうな笑みを浮かべた。
「でも早合点しちゃダメだよ」私は、ちょっと慌てた。 なぜならば彼に誤解されたまま帰ってもらうわけにはいかないからだ。


「あくまでも今の話は各ジャンルのトッププロの話であって、みんながみんなそうじゃない」 という私に「そりゃ、そうでしょ。世の中に、そんなに才能のある人間がいるはずないですから…」  若者の自信たっぷりの物言いに、私は驚いた。 「怖いもの知らず」という言葉が頭をかすめた。「若気の至り」という言葉も浮かんだ。 しかし、それについては私は何も触れなかった。

「ところでキミ、何か写真賞もらったことあるの?」と聞くと 「もし必要なら、これから獲りますけど…」と、あっけなかった。 どこかのデパートにでも売っているかのような感じだったので、私は唖然とした。
彼は「でもボクは、そんなもの興味ないから、全然欲しくありません。 最初から売れる写真を撮りますよ」と言って去っていった。


私は若者が残した言葉を反芻(はんすう)しながら、彼は将来、超大物カメラマンになるか、 あるいは破滅するだろうな、と思った。 天才は常識というものに一切とらわれないから、とんでもない物の考え方をする。 既成の権威にも、ひざまずかない。 それでいて目的を叶えるために誰も思いつかなかったような最短距離を突っ走る。


この若者には、あまり話せなかったが、もう少しだけプロカメラマンのギャラについて説明を付け加えよう。

確かにトッププロの特写だったら1カットで数十万の仕事もある。 もちろん、すでに国内外で高い評価を得ている有名写真作家の話であって、みんながみんなそうではない。 しかし、そんなプロですら、かつて無名だったころにお世話になった人たちから仕事を頼まれれば、その10分の1程度の値段で仕事を受けることもある。

最近では「人情」という言葉も、めっきり聞かれなくなってしまったが、私の尊敬する芸術家たちは、みんな「感謝」の気持ちを心の何処かに抱いていた。 どんなに売れっ子作家になっても、自分が無名のころ可愛がってくれた人たちに、いつか恩返ししたいと、ひそかに思っていた。 ギャラの高さよりも大切にしているものがあった。

しかし今の若い人たちは違うのだろうか。 「売れるのは自分に才能があるから…」と胸を張るだけならまだしも 「売れないのは、社会が自分の才能を理解できないから…」とまで言い放つ。 本来ならば、そんなのは酔っ払って自嘲する言葉のはずだ。決して他人に言うべきセリフではない。

だから彼らには「ギャラは安いけど、作品発表の場だけは紹介してあげるよ」 と声をかけてくれる先輩の優しささえも伝わらないようだ。

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