「谷口与鹿との想い出」 第4話 新聞社で写真の腕を磨く 語り部・柳沢雅彦
第4話 新聞社で写真の腕を磨く


新聞社では第一線の記者が取材に出かけ現場で写真を撮ったり、関 係者から話を聞いて記事にまとめます。写真や記事を記者から受け 取ったデスクは、場合によっては写真の差し替えや追加を記者に要 求してきたり、原稿の書き直しを指示します。駆け出しの記者はこ うやってデスクにマンツーマンで厳しく指導してもらいながら、や がて一人前の記者へと育っていくのです。
写真のほうは、この流れでまったく問題ないのですが、記事の場合 は原稿をデスクに手直しされてしまったせいで微妙なニュアンスが 読者に伝わらず、途方に暮れたことも多々ありました。それが嫌に なり、男は次第に写真の道に傾倒していきます。
子どもの頃は、世界名作文学全集を読破して「文学少年」とも呼ば れていましたが、社会人になってからは「カメラ小僧」へと逆戻り です。でも男が憧れたのはアイドルの追っかけカメラマンではあり ません。誰よりも平和を愛し、はかなく戦場に散ったロバート・キ ャパと沢田教一でした。平凡な幸せだけには満足しない彼らのスト イックな生きざまに惚れました。
夜勤や宿直の晩も、事件や事故が起きないかぎり、寸刻を惜しんで 写真の勉強に励みました。知らないことは何でも自分が在籍する新 聞社の写真部の人に遠慮なく質問しました。
「写真記者でもない君がどうしてそんな難しい写真を撮りたい の?」と突っ込まれて返答に窮したこともありましたが、新聞社と いう組織は連帯意識が強いためみんな誠実に対応してくれました。 さすがに報道写真のプロ集団だけあって、よほどの難問でないかぎ り、ほとんど即答してもらえたのが男にとって幸いでした。
優秀なコーチ陣に恵まれ、男の写真の腕はメキメキ上達し、やがて 新聞社内で何度も写真賞を受けるまでになりました。
「新聞記者よりも報道カメラマンのほうが格段に面白い!」
ノミを握りしめて傑作を残した飛騨の匠のように、カメラを握りし めて傑作を残すことはできないだろうか。谷口与鹿を師と仰ぐ男の 胸に、希望の灯が点りました。
この頃与鹿が頻繁に男の夢の中に出てきました
「ようやく己の運命に目覚めたか。お前は彫刻家ではなく、写真家 になるのだ。どんなものを撮っても構わないが、猪突猛進して必ず 道を究めろ。写真家の夢が叶った暁には、最後にオレの屋台彫刻を 撮ってくれ。オレとお前の美意識が見るものに伝わるような飛騨高 山の原風景も撮るんだぞ」
情熱を帯びた与鹿の力強い言葉は、無数の星が煌めく澄みきった夜 空に長い尾をひく流れ星のようでした。


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