「谷口与鹿との想い出」 第8話 師弟の二人三脚で夢の頂点へ 語り部・柳沢雅彦
第8話 師弟の二人三脚で夢の頂点へ


江戸時代の天才彫り師で現在も屋台彫刻に姿を変えて大勢の観衆を 魅了する高山祭の至宝・谷口与鹿。
幼い頃から与鹿に憧れていた男の心の中に棲みつき、時空を超えて 幾度も男に語りかけ、本物の写真家になりたいという男の願いをつ いに叶えました。
男がフランス国際フォトコンテストPX3で金メダルを獲得した瞬 間、真っ先に報告し、感謝の気持ちを伝えた相手は、もちろん師匠 の与鹿です。
嬉しそうな男の顔を見る前から一人で酒を呑んで上機嫌だった与鹿 は喜びを隠さず「やはりオレの眼に狂いはなかった」と誇らしげで した。
師弟の二人三脚で、ついに夢の頂点にのぼりつめたのです。与鹿に とって男は異業種ながらも手塩にかけた愛弟子であり、我が子のよ うに慈しみました。
フランス国際フォトコンテストPX3の金メダル獲得をずっと待ち わびていたように、与鹿はおもむろに話しはじめました。
「どうだ。お前が思い描いたような順風満帆な人生を歩むことがで きて満足だろ。では最後の仕事に着手してもらおうか。オレとお前 が最初に交わした約束を⋯⋯
男は深々と与鹿に頭を下げ「師匠のおかげで自分なりに納得のいく 仕事ができました。これ以上もう何も望みません。大変お待たせい たしましたが、写真家の集大成として師匠の屋台彫刻を撮らせてい ただきます」
男の丁重なお礼の言葉に与鹿は会心の笑みを浮かべ
「長きにわたり一度たりとも、お前はオレの彫刻にレンズを向けよ うとしなかった。しかしオレの彫刻を舐めるように見つめ身震いし ていた。よほどオレの彫刻に敬意を払い、畏怖の念を抱いているの だろう」と男の胸の内を見透かしてみせました。そして
「己の未熟さを誰よりも自覚しているから、オレの彫刻と対峙する のにふさわしい人間になろうと日々精進を積み重ねてきたはずだ」 と男の地道な努力をねぎらいました。
「お前は高山祭のたびに帰郷してオレの彫刻を眺めていたつもりか もしれないが、オレは彫刻と一体となってお前を眺めていた。見ら れていたのはオレの彫刻ではなく、お前自身だ」
与鹿は男の顔を真っすぐに見つめ、真相を明かしました。
「お前が殺気を感じた龍の眼はオレの眼そのもの⋯⋯いつも、お前 を射るような鋭い眼光で睨みつけていた」
与鹿の瞳は、みなぎる生命力をたたえ強烈な光を放っていました。 男は龍の彫刻と与鹿が一体だったことを初めて悟りました。
「オレの彫刻の神髄を知り尽くしているのはお前なのだ。夜を徹し て全身全霊ノミをふるったオレの生きざままでも撮ってみろ!」


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