「谷口与鹿との想い出」 第17話 一騎討ちか? 複数との競り合いか? 語り部・柳沢雅彦
第17話 一騎討ちか? 複数との競り合いか?


与鹿の掛け軸は男しか知らないはずなのに、なぜか現在すでに5人 が注目しているとパソコンの画面に表示されていたのは驚きでした。 これでは不戦勝はまず望めません。はたして一騎討ちになるのか、 それとも複数との競り合いになるのか微妙な情勢です。期待と不安 が男の胸の内で交錯しました。
お年寄りが好奇心で年代物の掛け軸を物色しているだけなのでしょ うか。それとも高山祭の至宝・谷口与鹿の直筆の作品と知って注目 しているのでしょうか。いずれにしろ誰か1人くらいは入札してく るのは覚悟しておかないと。
競合する相手がどこまで高山祭や与鹿について造詣が深いかで、今 後の展開が変わってくるでしょう。お互いに顔が見えないため、相 手の立場や懐事情もわかりません。すべてが謎なので、とにかく相 手を刺激しないようにしなければ。
毎晩寝る直前に1回だけパソコンを開き、オークションのサイトで 最新の入札状況を素早くチェックします。そして異常なしを確認す るとともにログアウトして再び無関心を装います。ログインしてい る時間は、いつも30秒足らず。おそらく誰ひとり男の早業を察知 できないでしょう。
なぜ1日に1回しか入札状況を見ないのかというと、閲覧回数が多 いと人気のある物件だとシステムが誤って認識してしまう可能性が あるからです。オークションのシステムは一見するとガラス張りの ようですが、実際はブラックボックスのようです。
無神経に何度もオークションのサイトを閲覧していると、知らない 間に客寄せパンダの役回りを演じる羽目になりかねません。
「注目度ナンバーワン」などの表示が出てしまうと厄介です。どこ からか野次馬たちがぞろぞろ集まって来て、じわじわと価格を吊り 上げていきます。右肩上がりのベクトルは「少しでも安く落札した い」という参加者共通の願望とは裏腹に夢遊病者のように独り歩 きします。うっかり流れについていくと、いつしか衝動買いのゾー ンを彷徨していたということにもなりかねません。
競い合う相手が1人だけなら指値の動きを注視しながら将棋のよう な心理戦に持ち込めばよいのですが、群集になってくると、もはや 制御不能に陥ります。欲望に駆られて走り出した群集たちは、なか なか立ち止まりません。
「どうにかして競合する相手を1人だけに絞れないものか⋯⋯
与鹿は腕組みしながら呟きました。
できるだけ他の人たちの視野に入らないように身を潜めながら、オ ークションを管理しているシステムをもすり抜けてしまおうという 与鹿のもくろみは籠の中の鶏を籠の外から彫ってみせたり、散歩 している犬の首の鎖を自由に動くように彫ってみせたりして祭の見 物人を仰天させた神技を男に連想させました。


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